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最高裁判所第三小法廷 昭和34年(あ)608号 判決

主文

原判決中被告人両名についての検察官の控訴を棄却した部分を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

広島高等検察庁検事長長部謹吾の上告受理申立理由について。

公務員が職務上作成する文書であって、権利義務に関するある事実を証明する効力を有する文書は刑法一五七条一項にいう「権利義務ニ関スル公正証書」であり、住民登録法による住民票は同条項にいう「権利義務ニ関スル公正証書」に当ると解するのを相当とする。

記録によると、第一審判決は判決理由末段「一部無罪」の項において、起訴状に基き被告人両名が共謀の上被告人孫及び弟妹二名は韓国人で日本国籍を有せず外国人登録法の適用を受け住民登録法の適用はないのに虚偽の住民登録をしようと企て、判示の日時場所で判示の方法により判示住民票の原本に被告人豊原秀明こと孫寿福及びその家族二名が日本人であって住所を広島市松原町五九〇番地とする旨不実の記載をなさしめ、その頃これを同市役所段原出張所に提出させ、情を知らない同所係員をして即時これを住民票綴に編綴同出張所に備付けしめて行使したものであるとの旨の事実を認めたが、住民票は刑法一五七条一項にいわゆる公正証書に当らないから右判示所為は罪とならないとして無罪を言渡し、原審もまた第一審判決の右見解を正当とし、検察官の控訴を棄却すべきものとしたことが明らかである。

されば、原判決が被告人らの右所為は罪とならず無罪を言渡すべきものとし検察官の控訴を棄却したのは相当でない。検察官の論旨は理由があり、原判決中右の部分は破棄を免れない。

よって刑訴四一一条一号、四一三条本文により主文のとおり判決する。

この判決は裁判官垂水克己の意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官垂水克己の意見は次のとおりである。

私は、論旨についてではないが、本件を一審でなく原審に差し戻すべきものとすることに賛成である点について意見を附加する。

一審判決は、被告人らに対し上告受理のあった部分につき、単に起訴状記載の公訴事実は(たとえあったとしても)罪とならないとして法律点のみの判断をしたのでなく、証拠に基き公訴事実の存在を認め事実判断をした上この事実は罪とならないとして無罪を言渡したのである。この事実判断は控訴審で何れの当事者からも事実誤認又は認定手続の違法違憲があるとして争われず、検察官からのみ、これについての刑法の適用の誤があるとして控訴があった。この場合、控訴審としては、もちろん、事実点について一審判決を職権調査し、事実誤認又は事実認定手続の違法違憲を発見したときは一審判決を破棄することはできるが、それをしない以上、一審が判決の基礎とした右事実をもって有罪又は無罪の法律判断の基礎とし、これを有罪とするにおいてはこれに基いて量刑の上刑を言渡すをもって足りると考える。

記録によれば、被告人両名に対する起訴状には刑法一五七条一項、一五八条の罰条、罪名とともに一審判決理由末段「一部無罪」と題する部分に認めたのと同一事実の記載があり、一審公判廷では右公訴事実につき被告人孫は誠に申訳ない旨、同大浜はその通り相違ない旨各陳述し、次いで検察官の申請による書類、書面等(一審判決が右「一部無罪」部分の事実を認める資料としたすべての証拠を含む)については被告人らはこれを有罪の証拠とすることに同意しており、その後弁護人らの申請の情状証人その他の証人の尋問等の証拠調がすべて適式に行われたことが明らかである。

その他、記録によれば、一審公判では、被告人らは右「一部無罪」部分の事実を認められるについても、この事実をかりに法律上有罪と判断され量刑されるとしてもそれについて何ら防御権の行使を妨げられた形跡はない。そして、一審判決の右「無罪部分」中の事実判断の部分はこれをそのまま有罪判決における事実認定とするを妨げないだけの充分な厳格証拠の総合によって採証法違反なくなされていること明らかである。

一審の右事実判断(私はこれを正当防衛たるべき事実の認定や正当業務による行為であることの認定などと同様に、事実認定といってよいと考える)が右のような関係で成立している場合には、上告審がこの事実を犯罪を構成するものと解するなら、無罪を言渡した一審にまで差戻すべき訴訟上の利益はなく、一審判決を是認した控訴審に差戻すをもって足りると解する。

それゆえ本判決の趣旨に従って擬律の上量刑し刑の言渡をさせるためこれを原審に差戻すのが相当だと思う。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)

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